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書籍:認知症高齢者への口腔ケア
   ■はじめに
   ■認知症の症状別口腔ケアのアプローチ方法 (1) (2) (3) 

認知症の症状別口腔ケアのアプローチ方法


認知症高齢者への口腔ケア


日本口腔ケア学会評議員
花 形 哲 夫
田 村 文 誉
菊 谷   武

 認知症の症状は、認知障害によるものと、非認知障害によるものに分けられます。また、高齢者は薬を服用していることが多く、その副作用も多様にみとめられます。これらはそれぞれ口腔ケアを行う場合にも、影響を及ぼします。
  認知症の方への対応の多くは、その病態の複雑さから非常に困難となりますが、これらの症状別に、具体的な対応を行っていくとよいでしょう。

1)認知障害によるもの
  認知症による特徴的な症状には、記憶障害、言語障害、認知障害(失認)・空間認識障害、失行、実行障害などによるものがあります。

  健忘・記憶障害
  健忘・記憶障害とは、短期記憶ではなく、長期記憶に蓄えられた情報の記憶障害です。つまり、最近のことは思い出せないけれども、昔のことはよく覚えているといった状態です1)。

行動の問題:
  ・前回、いつ口腔ケアを行ったか思い出せません
  ・今、自分がなにをしているかわからなくなります
  ・口腔ケアを行うべき時間帯がわかりません
  ・口腔ケアの方法や順番がわからなくなります
対 応:
  ・口腔ケアに集中できるよう、静かな環境を作り、気が散るようなものを廻りから片付けます
  ・口腔ケアを行うように、声かけや身振りで促します
  ・口腔ケアを開始したら、注意がそれないように声をかけ、続けられるように促します
  ・口腔ケアの時間を決め、その時間になったら始めるように声かけをします
  ・口腔ケアが途中で止まってしまわないよう、声かけや、実際に器具(歯ブラシやコップなど)を手渡しながら、続けられるように誘導します
  言語障害による
  言語障害のうち失語という症状がありますが、これは正常な言語機能をいったん獲得した後、大脳半球の限局された器質的病変を起こし、その結果、言語(口頭言語と書字言語の両方)、表象の理解・表出に障害をきたした状態です2)。

行動の問題:
  ・口腔ケアの方法に関する希望などを表現できません
  ・口腔ケアについての指示を理解するのが困難になります
  ・自分の意思が周りに伝わらないことにより、精神的にいらいらしたり、落ち込んだりします
対 応:
  ・本人の意思を汲み取れるよう、表情やしぐさに注意します
  ・言葉や文字だけでは理解が難しいので、口腔ケアをはじめるよう、身振りなどの動作で誘導します
  ・口腔ケアの方法がわからなくなっている時には、言葉や文字ではなく、実際に一部介助して誘導します

  認知障害(失認)・空間認識障害による
  認知障害(失認)、認知不能、とは、失語や失行と同様に、大脳の局所的病変によって生じる巣症状の一つで、視覚、聴覚、触覚などの要素的な知覚の障害はないのに、対象を認知することができない状態です3)。

行動の問題:
  ・口腔ケアに必要な器具がどこにあるか、どこに置いたらよいかがわからなくなります
  ・口腔ケアの器具を認識できなくなります
  ・距離の判断ができないので、自分のものと他人のものが区別できなくなります
対 応:
  ・口腔ケアに用いる器具(歯ブラシやコップなど)を、直接本人に手渡してあげます
  ・洗面台を整理し、不必要なものを片付けて、口腔ケアに必要な器具だけにします
  ・本人の器具と、他人の器具をしまう場所を完全に分けます

  失行(体肢運動失行、口腔運動失行)による
  失行または行動不能とは、麻痺や失調症などの運動障害がなく、また行うべき行為を十分理解していながら運動や動作を正しく行うことができない状態をいいます3)。

行動の問題:
  ・口腔ケアに取り掛かる(開始する)ことができません
  ・歯ブラシやコップなどをうまく使えなくなります
  ・歯ブラシを口に入れることや、歯に当てて細かく動かすなどの、随意運動がうまく行えなくなります
対 応:
  ・口腔ケアを始める際に、歯ブラシを手に持たせて「はい」などと言いながら、 口腔ケアの動作を開始するきっかけを作ります
  ・手がうまく使えない場合、歯ブラシの柄やコップの把持部を持ちやすい形状に工夫します
  ・歯ブラシの先がうまく歯に当たらない場合は、毛束部が広いものや、電動歯ブラシを用いることを検討します
  ・コップの底に滑り止めがついているものを用意します
  ・どうしてもできない場合には、介助で手伝います

口腔機能・口腔感覚の問題:
  ・口唇や顎関節の可動域が減少し、大きく口を開けられなくなります
  ・口腔ケアのために口を開け続けることができなくなります
  ・舌などの口腔器官の脱力や感覚低下が起こり、うがいをしようとして口に水を含んだ後、そのままじっとしていたり、飲み込んでしまったりします
対 応:
  ・口腔機能訓練として、口唇や顎関節の最大可動域訓練や、舌のストレッチ、口腔内のマッサージなどを行います
  ・口腔ケアの間、口を開けていられるよう、介助者が開口保持を行います
  ・うがいの際、飲み込んでしまっても良いように、含嗽剤は使用しないようにします
  ・舌の脱力や機能不全が、薬の副作用によるものかどうかチェックします

  実行障害による
  実行障害とは、前頭葉機能不全症状によるもので、人格や行動に変化が現れます。

行動の問題:
  ・社会的に認められないような行為(歯磨き粉を食べる、うがいの水を飲む、など)がみられます
  ・ペーシングが困難になります

対 応:
  ・飲んでしまう可能性のある危険なもの(特に洗剤や汚物など)を、周りから取り除きます
  ・口腔ケア時のうがいでは、含嗽剤などを使わず、水だけにします
  ・歯間ブラシやフロスなど、小さい器具は飲み込んでしまう可能性があるので、 注意します
  ・歯磨きの力が強すぎたり、ペースが速すぎる場合には、歯や歯肉を傷つけないよう、軟らかい毛先の歯ブラシを用いるようにします
  ・ゆったりとした気分で口腔ケアを行えるよう、静かな環境を作ります