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医療情報の提供事業

書籍:認知症高齢者への口腔ケア
   ■はじめに
   ■認知症の症状別口腔ケアのアプローチ方法 (1) (2) (3) 

 


3)薬剤の副作用による特徴的な症状
  摂食・嚥下機能に悪影響を及ぼす可能性のある薬剤
  高齢者では多くの薬を服用していることがあります。以下に、摂食・嚥下機能に悪影響を及ぼす可能性のある薬剤を挙げました。
  A.抗精神病薬  B.抗うつ薬
  C.抗けいれん薬  D.鎮痛薬
  E.パーキンソン病治療薬  F.アルツハイマー病治療薬

  中枢神経系薬の副作用による症状
  薬の副作用による症状は、錐体外路症状の副作用として表れます。その薬を中止、変更してもらわないと改善は困難です。その場合は、主治医、担当看護師、薬剤師などの職種と協議することが必要となります。

  A.錐体外路症状
  a.パーキンソニズム:
筋群の強剛(固縮)、振せん、などにより、運動の開始やコントロールを困難にします。表情の欠如や姿勢・体位・歩行の硬直や、完全な非可動性になることもあります4)。この状態は四肢を侵すことがあり、その場合、自力での口腔ケアは困難となります。また、嚥下障害を引き起こすことがあり、口腔ケア時に唾液や水分を誤嚥する危険性があります。この症状が出るまでに、服薬し始めてから数週間かかることもあるので注意します。
行動の問題:
・口腔ケアを始めようとしても、なかなか始めることができません
・口腔ケアを行うために、立ち続けていられなくなります
・歯ブラシやコップを持っていられなくなります
・歯ブラシを操作することが難しくなります
対 応:
・薬の副作用が表れる時間帯を避けて口腔ケアを行うようにします
・どうしても行えない場合には、全てを介助して行います

口腔機能の問題:
・嚥下障害が起こり、唾液や水分でむせやすくなります
対 応:
・薬の副作用の現れにくい時間帯に、口腔ケアを行うようにします
・誤嚥しないよう、姿勢(特に、頸部)に気をつけて、のけぞらないようにします
・吸引器を用い、唾液や水分を吸引しながら口腔ケアを行います

 b.ジストニー、ジストニア
姿勢・体位の高度な屈曲、捻転を伴う状態で、単数または複数の筋群の不随意な攣縮によって起こります。たとえば、顎、頸や脊柱の痙攣などが現れます。急性ジストニーは突然、薬物療法中の初期に起こります。これは、嚥下、言語、呼吸の障害として現れます4)。

行動の問題:
・口腔ケアを行っている間、同じ姿勢を保ち続けていられなくなります(立っていられない、など)
・顎、頸などが震え、口腔ケアを続けていられなくなります
対 応:
・薬の副作用の現れにくい時間帯に、口腔ケアを行うようにします
・椅子や車椅子などに座って口腔ケアを行うようにします
・口腔ケアの途中、何回か休みながら行うようにします

口腔機能の問題:
・口腔内にも攣縮がみられ、舌などが震えて動きが悪くなります
・嚥下障害のため、唾液や水分でむせやすくなります

対 応:
・薬の副作用の現れにくい時間帯に、口腔ケアを行うようにします
・誤嚥しないよう、姿勢(特に、頸部)に気をつけて、のけぞらないようにします
・吸引器を用い、唾液や水分を吸引しながら口腔ケアを行います
・口腔ケアの途中で、何回か休みながら行うようにします

 c.静座不能、アカシジア:
一種の強迫性運動不穏状態で、特に下肢に現れます。パーキンソニズムで、筋硬直による筋疼痛がある際にみられます。また関連する心理的興奮状態は、その人をよけいに混乱させる原因となります。精神安定剤の副作用として現れることもあります4)。

行動の問題:
・ 口腔ケアのために、じっと座っていることができなくなります
対 応:
・薬の副作用の現れにくい時間帯に、口腔ケアを行うようにします
・口腔ケアの間中、その人にしっかりかかわる(放置しない)ようにします
・筋疼痛が原因の可能性があるので、口腔ケアの途中で、何回か休み、体勢を変えながら行うようにしてみます

 d.遅発性ジスキネジア:
フェノチアジン系の抗精神病薬の長期服用によってみられる、四肢、体幹、頸や舌の異常な不随意運動を遅発性ジスキネジアといいます。薬の服用中止後に現れ、永続的に持続する場合もあります。これは、咀嚼や嚥下の開始や、コントロールを侵すことがあります3)。ジスキネジア嚥下障害がおこった場合、口腔ケア時の唾液や水分の誤嚥に注意が必要です。

行動の問題:
・不随意運動により、口腔ケアの間、同じ姿勢を保てなくなります
・歯ブラシやコップを把持したり、操作することが困難になります
対 応:
・薬の副作用の現れにくい時間帯に、口腔ケアを行うようにします
・ジスキネジアが現れている間は、立位を保つことは困難なため、椅子や車椅子に座って行うようにします
・どうしてもできなければ、介助で行うようにします

口腔機能の問題:
・口唇や顎がガクガクし、開口状態を保持することが困難になります
・舌のジスキネジアの場合、舌の突出と引っ込めが交互に繰り返され、口腔ケアを困難にします(うがいができない、歯ブラシを押し出す、など)
対 応:
・薬の副作用の現れにくい時間帯に、口腔ケアを行うようにします
・一部または全介助にて、口に現れるジスキネジアの動きを避けながら、口腔ケアを行う手助けをします

  B.薬の副作用によるその他の特徴的症状
  a.嗜眠状態:
意識障害のある段階を表す語で、呼びかけ、身体をゆする、痛みの刺激などにより開眼する程度の意識障害のことです3)。

行動の問題:
・覚醒状態が悪いので、口腔ケアに意識がいきません
・嚥下反射、咳反射が弱くなり、唾液や水分を誤嚥しやすくなります
・口腔ケアの途中で眠ってしまいます
対 応:
・上体を起こし、よい姿勢で行います
・覚醒状態がよい時間帯に行うようにします
・薬の副作用を確認します

 b.多量の流涎:
嚥下がうまくいかない、口腔内の感覚が落ちるなど、一定時間内の嚥下回数が減少すると唾液が口腔に溜まり、その結果流涎を引き起こします。また、薬の副作用によって唾液の過剰な産出がある場合があります。

口腔機能・口腔感覚の問題:
・口腔ケア時に流涎がたれ落ちてしまいます
・溜まった唾液でむせやすくなります
対 応:
・吸引器を用いて、口腔内に溜まった唾液を吸引しながら行います
・下唇の下に受け皿を当て、流れ出た唾液を受け止めながら行います
・流涎が薬の副作用によるものかどうかチェックします

引用文献
1)ステッドマン医学大辞典・改訂第5版(電子辞書)メジカルビュー社
2)上田 敏、大川弥生編:リハビリテーション医学大辞典、医歯薬出版株式会社、1996
3)最新医学大辞典編集委員会(編):最新医学大辞典(第3版)インターネット電子版、医歯薬出版株式会社、2006
4)Jacqueline Kindell著:金子芳洋訳:認知症と食べる障害.医歯薬出版、東京、2005

参考文献
1)Lynette L Carl、他著:金子芳洋、土肥敏博訳:薬と摂食・嚥下障害、医歯薬出版、東京、2007
2)菊谷 武監修:口をまもる 命をまもる 基礎から学ぶ口腔ケア.学研、東京、2007